「一地球人としての下山田吉成」のブログです。


by SIMON
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被曝する

被曝する


被曝するということ
今被曝するということ
それは鼻血が出るということ
臨界の閃光がまぶしいということ
ふっと或るトラウマを思い出すということ
咳をすること
あなたの手をはなすということ


被曝するということ
いま被曝するということ
それはストロンチウム
それはプルトニウム
それはウラン
それはピカドン
それはアメリシウム
すべてのおぞましいものに出会うということ
そして
かくされた毒をたくさん飲まされること


被曝するということ
いま被曝するということ
泣けないということ
笑えないということ
怒れないということ
不自由ということ


被曝するということ
いま被曝するということ
いま遠くで犬が倒れるということ
いま目が廻っているということ
いまどこからも産声があがらないということ
いまどこかで作業員が血を吐くということ
いま線量計の針が高止まりしているということ
いま走馬灯が通り過ぎていくこと


被曝するということ
いま被曝するということ
鳥ははばたかないということ
海に穢れがあつまるということ
かたつむりは溶けるということ
人は滅びるということ
あなたの手の冷たさ
むくろということ

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by asiakatasumi11 | 2016-06-15 15:49 | 脱原発 反原発 建て替え 建て直し 維新
今日、2016年6月10日は、1944年6月10日に千葉県成田市にある麻賀多神社
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E8%B3%80%E5%A4%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE
の末社である「天之日津久神社」に参拝した岡本天明 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9C%AC%E5%A4%A9%E6%98%8E
に「あめのひつくの神」が神憑り、自動書記によってお筆先である「日月神示」が初めて降ろされた日からちょうど72年になります。

天之日津久神社は2011年まで9年半住み暮らした、いすみ市の自宅から車で約1時間のところにあり、家族共々よく参拝したものでした。


日月神示

第一帖(一)

富士は晴れたり、日本晴れ。神の国のまことの神の力をあらわす世となれる。仏もキリストも何もかもはっきり助けてしち難しい御苦労のない世が来るから身魂を不断に磨いて一筋の誠を通してくれよ。いま一苦労あるが、この苦労は身魂を磨いておらぬと越せぬ、この世始まって二度とない苦労である。このむすびは神の力でないと何も出来ん、人間の算盤では弾けんことぞ。日本はお土があがる、外国はお土がさがる。都の大洗濯、鄙(ひな)の大洗濯、人の大洗濯。今度はどうもこらえてくれというところまで、後へ引かぬから、そのつもりでかかって来い。神の国の神の力を、はっきりと見せてやる時が来た。嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る。 日本は神の国、神の力でないと何にも成就せん。人の力で何が出来たか、みな神がさしてゐるのざ。いつでも神かかれる様に、綺麗に洗濯しておいてくれよ。戦は今年中と言っているが、そんなちょこい戦ではない。世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理が分らぬか。臣民同士のいくさでない、カミと神、アカと赤、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂のいくさぞ。己の心を見よ、戦が済んでいないであろ。それで戦が済むと思ってゐるとは、あきれたものぞ。早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。寂しさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、寂しさ超えて時を待つ。神が世界の王になる、てんし様が神と分らん臣民ばかり、口と心と行と、三つ揃うたまことを命(みこと)と言うぞ。神の臣民みな、命(みこと)になる身魂。掃除身魂結構。六月の十日、ひつくのかみ。

………………………………

日月神示が初めて人界に降ろされてから72年後の西暦2016年は特別な年であることが、神示にほのめかされています。



【日月神示】鳴門の仕組 - 日月神示の時節を読む
http://2288010.blog.fc2.com/blog-entry-4.html

(引用開始)

「黄金の巻」第十五帖
人から見てあれならばと云ふやうになれば、この方の光出るぢゃ。
行出来ねばお出直し、お出直し多いなあ。独断役には立たんぞ。
イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返る。
天明九十六才七ヵ月、ひらく。
かのととり。
一二十


日月神示には「天明九十六才七ヵ月」と書かれていますので、天明(天命)を授かったその日から「96年7ヶ月」と解釈するのではないか。

では天明(天命)を授かったのはいつなのでしょう?(・ω・)



岡本三典著【日月神示はなぜ岡本天明に降りたか】50~51Pより引用
1920年に「岡本天明」と名乗り始めている。



月日までは分かりませんでしたが、「1920年」に天明(天命)を授かった事が分かりました。
それではこの1920年の誕生日に96才を足してみましょう。


1920年 + 96才 = 2016年


(引用終了)


つまり今年は「イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、又九分九厘でひっくり返る。
天明九十六才七ヵ月、ひらく。」年なんだそうです。

もう半分近く過ぎてしまいましたが、どんな風にひっくり返るのか、どんな風にひらくのか、楽しみにしていたいと思います。


(了)
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by asiakatasumi11 | 2016-06-10 02:11 | 旧世界の終焉