「一地球人としての下山田吉成」のブログです。


by SIMON
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田中正造 再び

9月4日は日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒問題を告発した義人・田中正造の百回忌でした。

栃木県佐野市の惣宗寺では百回忌法要が市長などの要人も参列して盛大に行われたそうです。

誰もいなくなった夕闇迫る頃、6箇所ある分骨地のうち、惣宗寺と田中霊祠を参拝して来ました。

富国強兵を強力に推進していた当事の日本帝国政府は、二酸化硫黄や硫酸銅などの汚染による鉱毒問題を抑圧しようとしましたが、被害農民を救済するために正造は全存在を賭けて国家に立ち向かいました。

代議士職・全財産・人生の全てをなげうち、鉱毒問題を解決するために不屈の闘志で邁進するも、志半ばで行き倒れた凄まじい生涯に最高の敬意を表したいと思います。

足尾銅山鉱毒事件はその後に起きた全ての公害問題の雛型です。明治政府は足尾銅山を経営していた古河財閥(現在の古河グループ)と癒着しており、官庁も裁判所もアカデミズムもマスコミも全てグルでした。

東京電力株式会社が起こした福島第一原子力発電所の事故およびそれを取り巻く状況とよく似ています。

明治政府は日清戦争および日露戦争を遂行するために、金融ユダヤから莫大な借金をして軍資金を調達しており、当時東アジア一の産出量を誇った足尾の銅は貴重な外貨を稼ぐ輸出品だったため、人々の健康や自然環境の保護のために足尾銅山の操業を止めることはできず、反対運動を抹殺するために田中正造が居住し運動の拠点でもあった谷中村を強制破壊し、渡良瀬遊水池を作ることで鉱毒の拡散を抑止しようとしました。
しかし現在でも鉱毒物質の流下は続いており、渡瀬川から取水している水田から産出される米を食べている多くの日本人は、硫酸銅・カドミウム・鉛などによる汚染を体内に蓄積し、ホメオパシーにおけるプルービング状態を呈していると考えられます。

フクシマ原発事故の行く末はアシオという雛型に準拠しますので、放射能の高線量汚染地域は渡良瀬遊水池のように国が収用して居住を禁止するのが最善でしょう。

鉱毒とは比べものにならない毒性を持つ大量の放射性物質が環境中に放出されたのです。

これ以上汚染地域にとどまってはいけません。

足尾銅山鉱毒事件の際は多くの被害農民が抗議活動に立ち上がりました。

放射能汚染の問題を解決するためには、最大の被害者であるフクシマの住民が国家に対して抗議の意志を示すことが最も重要です。逆に言えば、フクシマの住民が声を挙げなければ支援者にできることはあまりありません。

被害者が補償や損害賠償の要求をあきらめてしまうことで、最も利益を得るのは加害者です。

田中正造の活動はたくさんの鉱毒被害者に支えられていました。

フクシマの皆さんが切実な現状をもっと社会にアピールすることで、第2第3の田中正造が出現する条件が整います。

雛型が本来の働きを表すためには、雛型と相似形の舞台装置が必要なのです。
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by asiakatasumi11 | 2012-09-08 02:02