「一地球人としての下山田吉成」のブログです。


by SIMON
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福島県産の一般米が放射能計測の結果安全であるとして出荷が始まりました。

http://www.news-ex.jp/a/story/news/national/KTT201109170608.html?s=a1

(引用開始)
福島の一般米、出荷可能に 
まず2町でセシウム不検出

 
早場米の出荷が始まっている福島県で、矢祭町と会津坂下(ばんげ)町で収穫されたコシヒカリなどの一般米の出荷も可能になった。17日に発表された放射性物質の検査結果で、両町の一般米からは放射性物質が検出されなかったため。東京電力福島第一原発の事故後、同県産の一般米の出荷ができるようになるのは初めて。

 一般米の検査は収穫前に放射性セシウムによる汚染の傾向をつかむ予備調査と、収穫後に出荷の可否を判断する本調査の2段階。本調査のすべての検査地点で国の基準値(1キロあたり500ベクレル)を下回った市町村に限り、その市町村からの出荷が可能になる。

 検査は原発事故で作付けが禁止された双葉郡などを除く48市町村で実施。これまでの予備調査ではほとんど検出されず、1キロあたり200ベクレルを超えると本調査で重点的に調べるが、この日まで超えた例はない。

 この日の発表で、矢祭町と会津坂下町については県内で初めて全地点の検査結果が出そろった。矢祭町では6地点、会津坂下町では17地点で検出されなかった。

 同県の早場米は8月下旬から検査を受け、いずれもセシウムは検出されなかったか基準値を大幅に下回ったことから、すべて出荷できている。ただ、作付面積は全体の0.1%と少ないため、コシヒカリやひとめぼれなどの主力品種を含む一般米の出荷の可否に注目が集まっていた。

 県はコメの汚染を防ぐため、農家に対し、水田にカリウムをまくほか、稲が倒れて土壌に触れないよう呼びかけるなどしてきた。

 10月上旬の本格的な収穫期を迎える前に出荷の可否がわかるよう、市町村内で空間線量が高く、収穫が早い農家からサンプルを集めている。検査は9月下旬にピークを迎え、10月上旬までに終わる予定だ。

 福島県の2010年度のコメの収穫量は約44万5千トンで、全国4位。


朝日新聞

(引用終了)

福島県のお百姓さんたちには大変お気の毒ですが、福島県産米はあまりにも危険性が高いので少なくとも今後100年以上は食べるべきではありません。

暫定基準値(米1kgあたり放射性セシウム500ベクレル以下)はドイツ放射線防護協会の基準(大人8ベクレル以下.子供4ベクレル以下)やWHOの基準(10ベクレル以下)に比べて異常に高いうえ、内部被曝を全く考慮に入れていないザル基準であることは明らかです。

核種による肉体への影響力の違いからプルトニウム238.プルトニウム239.アメリシウム241.ウランなどの合計線量が10ベクレル以下に定められていますが、それらについては全く検査せずスルーしているのはどうしたことでしょう?

内部被曝を視野に入れると、核種によって半減期や罹病性や悪影響が及びやすい部位やかかりやすい病気の種類や悪性度などに大きな差が出るため、いき値(しきい値)を算定することは出来ず、1ベクレルでも食べればガンになる可能性が生じます。

しかもこの基準値は米が日本人にとって主食であるということを考慮していません。

平均的な日本人の成人は1日あたり164gの米を食べます。500ベクレル/kgの米を1年間食べ続けたと仮定すると、武田邦彦氏の算定法によると米だけで年間0.82ミリシーベルトの被曝が確定します。このほかに様々な飲食物を摂取するわけですし、呼吸による内部被曝や外部被曝の数値も加算すると、常識的な年間被曝量の上限である1ミリシーベルトを軽く超えてしまうことになります。ですから米に関しては他の食品よりもかなり低めの基準値を設定する必要があるのです。

暫定基準値以下であれば汚染値の表示義務はないので、499ベクレルでも「安全な米」として数値も明示されずに流通します。引用したニュースでも基準値以下の数値は隠蔽されています。これらの米は「福島県産」ではよい値ではなかなか買い手がつかないでしょうから、巧妙にブレンドされて他県産米として全国津々浦々に流通する予定です。例えば、新潟県魚沼産のコシヒカリに福島県産のコシヒカリが50%ブレンドされて、魚沼産コシヒカリとして流通するでしょう。

ブレンド米は業界では長年の慣習ですし、落札価格が低く材料費を低額に抑えなければならない学校給食の委託業者などは当然仕入れるでしょう。その米を食べた子供たちが5年後10年後20年後にどうなろうと知ったこっちゃありません。
法的に間違ったことはしていないし、国が大丈夫だと言っているのだから何も問題はない、問い詰められても「責任は国にある」と強弁することでしょう。

これが道徳観と倫理観を喪失した現在の日本人のアベレージが創出する社会の現実です。

原子炉の中には200核種以上の放射性物質が存在しています。今回の原発事故で原子炉が破壊され、メルトダウンおよびメルトスルーした以上、それら全ての核種が放出されたと考えるのが自然です。

6月6日に東電は記者会見で配った54ページもの分厚い資料の中に、今回の原発事故で31種類の放射性核種が環境中に放出された情報をこっそりと紛れ込ませアリバイを作っています。
ですから米を汚染している放射性核種は広島原爆の150発分以上放出された放射性セシウムだけではありません。半減期24065年のプルトニウム239は32億ベクレル以上、ストロンチウム90やアメリシウムもウランも拡散しています。しかし現在行われている米の検査ではどういうわけか放射性セシウムしか計測していません。

米1Kgあたり500ベクレル以下という基準値が食べた人間の健康の安全性を保証するとは到底思えない上に、500ベクレル/kgは放射性セシウムだけの計測値の合計を意味しているのですが、実際の調査では放射性セシウム(134と137)だけを計測して他の核種を全く計測せずに安全宣言を出しているのです。

二重の意味で論理的に破綻しており、小学生から見てもインチキとしか思えないでしょう。

ですから私は岡山県に疎開させた小学生の娘には、弁当を持たせて学校給食を食べさせていません。もし、給食を食べることが就学の条件だと言われたら即刻自主退学させます。
私にとって我が子の生命と健康に優先するものは何ひとつ存在しません。

学校給食の牛乳なんて全くの論外です。もともと牛乳には摂取をはばかられるいくつもの大きな問題がありましたが(別に項を改めて詳述する予定です)、今回の放射能汚染によって殺人的食品としての格付けが決定的となりました。飲料水や飼料に含まれる放射性物質を濃縮している牛乳は、もはや「安全で栄養の豊富な飲み物」ではなく「危険で体に負担をかける飲み物」でしかありません。まさに「牛乳はモー毒」です。

放射能汚染藁が拡散して、福島県から遠く離れた地域でも基準値を上回るセシウム入り牛肉が見つかって大騒ぎしていましたが、どうして牛乳が汚染されたというニュースをほとんど見ないのか不思議です。厳密な検査と情報公開がなされているという客観的な証拠がない限り、牛乳の安全性を信頼するのは極めて困難な状況です。

私は国や県や市や学校(教育委員会)を当てにはしていません。
彼らの311以前のさまざまな公害物質や食品添加物や環境ホルモンに対する振る舞いと、311以降の放射性物質に対する態度を見ていたら信頼することなどできるわけがありません。
彼らの目的は、問題をできるだけ少なく見せるために事実を隠蔽し、大した被害がなかったことにして賠償を少なく抑え、少しだけ反省したふりをして放射能汚染を撒き散らしながら、これからも反生命的で非人間的な核エネルギー産業を推進して一部の人々のためだけの金儲けを続けていくことにあることが明白だからです。

きっと例によってほとぼりの冷めた頃(いつになることやら)に、「実は」と言ってプルトニウムなど重大な影響が懸念されている核種が日本中を汚染した実態を小出しにカミングアウトし始めるのでしょう。
しかしそれを待っていたのでは明らかに手遅れです。

原発を推進する、あるいはそれに加担する、政治家・官僚・財界人・ビジネスマン・地方公務員・警察官…これら人の命をイノチと思わぬ恣意的殺人者かつ税金泥棒の嘘つきどもに合法的に殺されないために、私たちは日本人として長年の懸案である「自立」を遂げた上で、「自分と家族の命と健康は自分たちで守る」という世界的な常識にたどり着かなければならないのではないでしょうか。

放射能汚染米を食べる義務があるのは東電をはじめとする日本中の原発を所有している電力会社の全社員と全株主とそれぞれの家族、経産省の全官僚とその家族、国会でのたくっている全ての原発推進派の国会議員とその家族、原発の立地自治体の議員と行政に関わる地方公務員とそれぞれ家族、アメリカ(CIA)の傀儡となって日本に原発を導入した正力松太郎が創業したゴミ売り新聞社の全社員と全株主とそれぞれの家族、同じく日本テレビの全社員と全株主とそれぞれの家族、原子炉を製造していた企業(東芝・住友・日立・三菱など)の全社員と全株主とそれぞれの家族、原発を建設していた企業(鹿島建設などのゼネコン)の全社員と全株主とそれぞれの家族、経団連などに名を連ねる原発推進派の財界人とその家族、以上のカテゴリーに含まれない原発推進派の人々、などです。

この方々には率先して放射能汚染米や放射能汚染野菜、放射能汚染海産物などを食べてもらわなくてはなりません。

原発は安全だの、クリーンだの、安価だの、未来のエネルギーだのと50年近くも国民をだまして利益を貪ってきたのだから当然の責任です。

酷い仕打ちと思う人がいるかもしれませんが、大丈夫です。「ただちに健康に悪影響はありません」から(笑)。
もちろん経産大臣の彼とその家族にも毎日食べてもらいましょう。

原子力産業というのは電力会社や原子力村や推進派の人々だけが甘い汁を吸える仕組みになっていて、その財源は国民が納めた血税や基準よりも高めに算定された電気料金です。

過去45年間にわたる原発による商業発電事業によって、東京電力を始めとする各電力会社は莫大な資産を形成していますが、それは拠出せずに電気料金を値上げすることで原発事故の賠償に充てようとしています。つまり自分たちが起こした原発事故の賠償金の財源を被害者である国民からむしり取ろうとしているのです。

原発事故当時の最高責任者だった無能な元社長の清水は、5億円もの退職金を辞退もせずに全部貰って、噂ではドバイに亡命したらしいです(笑)。こういう人は二度と日本に帰って来ないほうがよいでしょう。

東電で院政を敷いている会長の勝俣は賠償請求を恐れて密かに私財を処分し始めているそうです。

このように原子力産業は人々を騙して搾取し、被曝させることによってしか成り立たないインチキで悪質な商売であることは誰の目にも明らかです。

しかも海や空や大地とそこに生きるあらゆる生きとし生けるものを半減期が2万4065年とか45億年とかの途方もなく有害な放射性核種で不可逆的に汚染してしまったのにもかかわらず、現状回復も賠償もろくにできないし、しようともしないのです。

これから発生する放射線被曝による病気や先天異常などへの補償や賠償がきちんと行われるかどうかを、厳しい目で監視し続ける必要性を痛切に感じます。

遺伝子の研究者によると、放射線被曝による遺伝子異常が本格的に子孫に現れるのは10数代以降とのこと。それなら彼らは逃げ切れるでしょう。

このような危険性や虚偽・欺瞞・腐蝕の構造などが明らかになった以上、保守系無所属でサイレント・マジョリティの方々もさすがに原発は嫌になったのでは?と思いきやそうでもないらしいというところがこの話の難しいところです。

あまりのことに思考停止している方々が多いようですが、早く目覚めて現実に向かい合って下さい。

日本人は今、生き残れるか否かの瀬戸際にいるのです。

未来を創るのは私たちの現在の在り方にかかっています。


彌榮


下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-09-23 23:47 | 脱原発 反原発 建て替え 建て直し 維新

9.19 反原発デモ in 東京

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東京で行われた9.19「さよなら原発集会」とその後に行われた反原発パレードに参加してきました。

前夜に渋谷の東急ハンズで材料を購入し、当日の朝までに両面のプラカードをやっつけ仕事で仕上げました。

岡山から帰ってからずっと咳が止まらず、当日の朝は声がかすれてかなり出にくい状態でした。
易を立てたところ、かなり悪い卦が出て、どうも逮捕とかされそうな上、雨にも降られそうだったり、舌禍・人に騙されるというような大凶の内容だったので参加を躊躇しましたが、せっかくプラカードも作ったことだし反原発デモで逮捕なら話題作りに良いかも、どうせこのノドでは警官隊に「東電の犬!」とか叫ぶこともできないから舌禍⇒逮捕という可能性は薄いし、と意を決して神札を背負い昼過ぎに総武線で千駄ヶ谷に向かいました。

ひとつ手前の信濃町駅で「反原発イベントのために千駄ヶ谷駅付近は大混雑して動かない状態です。」というアナウンスがあったため仕方なく信濃町駅で下りました。

ホームを歩いていると、青いヘルメットをかぶって青い作業着の上下にフィッシング用のベストを着込み、分解した数本分の釣り竿を持った野性的な雰囲気を持つ初老の小柄な男性が私の持っているプラカードの包みを見て「デモにいくの?」と人なつこく話しかけてきたので、話をしてみたら彼もデモに行く途中ということですぐに打ち解け、会場の明治公園まで一緒に同道することになりました。

このおじさんはなかなかの飲兵衛のようで、缶酎ハイをたくさん持っていて、既に何本も飲んでいるらしく結構いい感じに出来上がっていました。

私は朝から何も食べていなかったのですが、何度もすすめられてレモンの缶酎ハイを飲んだら、アルコールよりも砂糖で気持ち悪くなってしまいました。
ビールなら良かったのですが、選択肢が缶酎ハイしか無かったのです。これが易卦の意味だったのでしょうか?

会場の明治公園はものすごい人で、たくさんの警察官が出動して参加者を整理誘導していました。
私服の刑事も参加者の中に相当紛れ込んでいそうです。

「もう中は一杯で入れません」と警官に言われたのですが、ヤマさんと名乗るそのおじさんが「こっちこっち」と言うので人ごみをかき分けながら後をついてゆくと、しばらくして会場の比較的空いている隅の方で彼の奥さんや仲間の方々と合流できました。その中には千葉県の長南町から来たというオジサンがいて、我が家がずっと飲料水を汲みに行っていた長南町の熊野権現の清水は、上に民家があるから汚染されていると言われちょっとガッカリしました。

例の釣り竿は組み立てられて、虹(F3C6.gif)色に染め抜かれた2つの旗を掲げる2本のポールになりました。

残念ながらオープニングの寿(ことぶき)のコンサートは既に終了しており、澤地久枝さんのスピーチが少しだけ聞こえました。

私はプラカードを持って土手の上に立って遠くのステージを横から見ていたのですが、私のすぐ近くでTVカメラに向かって話している男性がおり、何人かの集会参加者にインタビューもしていました。

やがてステージ上の催しが終わりかけた頃、その男性が私にインタビューを申し込んできたので、特に深く考えずに応じました。

そのインタビュアーは「イワカミです」と名乗り、短時間のインタビューと撮影は難なく終了しました。

会場は満杯で会場の外にも入りきれない人々がたくさんいました。

会場の中には緑の党や共産党などの政党や日蓮宗・浄土真宗・金光教などの宗教団体、各地の生協・農産物の生産者組合・漁業組合、数え切れないくらいたくさんの市民団体の旗が秋風にはためいていました。

後で約60000人が集まったと聞きましたが、安保闘争のデモを知らない世代の私にとって、社会運動でこんなにたくさんの人々が一同に会するのを見るのは生まれて初めてのことでした。

パレード(デモ)は全体を3つのコースに振り分けて行われたようでしたが、私は個人参加者が指定されたコースではなく、ヤマさんのグループ(おじさんとおばさんのサークル)に同行しました。

しかし、あまりの人数の多さに行進の列が渋滞して公園の外に出るまで1時間近くもかかりました。
放射能汚染に対する真剣な緊張感や、国や東京電力の理不尽さへの怒りが漂う中にも和やかさが感じられました。それが状況に対する無知から来るものなのか、日本人の徳性によるものなのかは私にはわかりませんでした。

私がたどったコースには全国の大学の中核派のセクトが割り振られており、私たちの前と後ろで元気な大学生のグループの男女が「原発反対・放射能いらねえ・東電解体・子供を守れ・ノーモア フクシマ・ノーモア ヒロシマ・ノーモア ナガサキ」などとアフリカン・ドラムのビートに合わせてずっとシュプレヒコールをしていました。

まるでお祭りみたい、いや、お祭りだったのです。

関東だけでなく全国各地の大学からもたくさんの学生たちが参加していました。

ヤマさんは私に何本も缶酎ハイをくれたので、途中のコンビニでお礼にビールを買って渡したら後からまたビールを買ってきてご馳走してくれました。

沿道で俳優の山本太郎さんが手を振って声援を送っていました。

アースデイなどのナチュラル系のイベントでいつもアフリカン・ドラムを叩いてワークショップをしている男性が、トーキング・ドラムを絶妙のリズムで鳴らしながら私の隣を歩いていました。あのリズムは何と語っていたのだろう?


日本語が達者な白人の男性とその息子の少年が同じコースにいたので話しかけてみたら、都内に住む私よりひとつ年下のニュージーランド人でした。
この男性は私も家族と何度か行ったことがある福島県川内村(福島第一原発から30km圏内で全村避難中)の獏原人村で、毎年夏に行われている満月祭にこれまで9回も参加していて、今年も250人くらいに激減した参加者の一人として滞在したそうです。

私は獏原人村で原始生活をしていたメンバーのうち、彼もよく知っている岡山県に避難している方と岡山市で行われた9.11のイベントでお会いしたばかりでした。

話しているうちに共通の友人や知人が10人位いることがわかりびっくりしました。しかも彼は私も知っている彼の友人の勧めで都内のデモクラティック・スクールに息子さんを体験入学させたことがあったのですが、私も娘を昨年同じ学校に体験入学させていたのです。

世界は広いけれどさまざまなご縁でいろんな場所やいろんな人とつながっていることを改めて感じると同時に、たくさんの共通項を持ちながら今まで一度も会わなかった人と生まれて初めて参加した60000人もいる反原発のデモで出会うとは、人生とは不思議なものです。


パレードは予定を大幅に延長して18:30頃に終了し、ヤマさんのグループの打ち上げに誘われたのですが体が保ちそうもなかったのでお断りし、日本人の仲間と合流したニュージーランド人父子とも別れた頃、もう20年も前に原発事故と地震の関係について学び、反原発運動の手ほどきを受けた水道橋の「たんぽぽ舎」と複数の団体の合同パレードがやってきたので、締めくくりのミーティングを端の方で見ていました。

熱心な若者たちが育っていて、経産省前にテントを張って座り込みをしたり、東電本社前で反原発の集会やデモを行ったり、活発に活動しているようでした。

東電の株主として、存命中の東電の取締役OBたちからも資産を没収して賠償金に充てるよう訴えをを起こす予定と言う方が、その噂を聞きつけた東電会長の勝俣が密かに資産を処分し始めていることを暴露していました。

9.11のパレードで不当逮捕されたフランス人男性の奥さんがスピーチし、「日本語をほとんど話せない夫が原発推進派のグループに日本語で挑発的発言をしたという調書を警察はでっち上げた。日本の警察はデタラメ」と憤慨していました。

フランス人のご主人は釈放されましたが、あの日に逮捕された12人のうち、まだ5人が拘留されているそうです。

私は久しぶりに事務局の柳田さんに会って挨拶をしてから帰路につきました。

全く食べずに缶酎ハイとビールだけで、大きな看板を掲げながらほぼ6時間歩いているか立っているかで、かなり疲れましたが、楽しい1日でした。

私の作ったプラカードは思いのほか人目を引いたらしく、たくさんの方々がカメラやビデオで撮影してくれました。

明治公園で私にインタビューした男性はジャーナリストの岩上安身氏で、Ustreamの中継を見た患者さんから「ネットライブで見た」とメールをいただきました。

たくさんのインタビュー映像に埋もれているようですが、よかったら探してみて下さい。

http://www.ustream.tv/discovery/live/all?q=iwj%20tokyo

長くなりましたが、これが私の9.19のおおよそのあらましです。


彌榮



下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-09-21 01:47