「一地球人としての下山田吉成」のブログです。


by SIMON
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<   2011年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

枝野幸男官房長官は23日、日本各地の海水浴場135ヶ所の水質検査の結果、134ヶ所で放射性物質を検出せず、唯一検出された福島県いわき市勿来海水浴場(子供の頃に綺麗な貝殻をたくさん拾った思い出の場所です)が海水1リットルあたり放射性セシウムが13ベクレルで「基準値」以下だったため、「泳いでも健康に影響はない」として日本全国の海水浴場に安全宣言をしました。

環境省によって23日に初めて定められた海水浴場の放射能基準値は海水1リットルあたり放射性セシウムが50ベクレル以下、放射性ヨードが30ベクレル以下だそうです。

海水1リットルあたり1ベクレルでも放射能が存在するなら泳ぐべきではないと思いますが、そもそも福島県の一ヶ所を除いて134ヶ所の海水浴場の海水から放射性物質が全く検出されなかったという話を私はとうてい信じることができません。


フクシマで起きた世界史に残る史上最悪の原発事故の発生からまだ4ヶ月も経っていない上、高濃度の放射能汚染水を海に大量に垂れ流したばかりか、現在でも刻々と海や大気中に漏らし続けているからです。


「風の谷のナウシカ」を読むまでもなく、人間が自然界にバラまいた汚染物質は最後は必ず海に帰るのです。

私たちが環境を汚すほどそのツケは海に集まるので、海水浴や海産物の摂取は人類が作り出した放射能の悪影響による健康障害のリスクをさらに高めるでしょう。

グリーンピースの調査でも明らかなように、福一近海の海洋生物はかなり放射性物質に汚染されています。

汚染された海水は海流によって遠方まで移動しています。


つまり東北地方沿岸だけでなく、全ての日本近海は未曽有の放射性物質による汚染にさらされているというのが客観的な実態だと思います。

それなのに原発に近い茨城県北部の海水浴場からも放射性物質が検出されないなんて「そんなバカな、誰が信じるか!」というのが私の本音です。

いったいどんな計測器でどのように計っているのかきいてみたい。
(空気線量を計るポイントが地上18メートルなんていうこともあったしなあ)

エダノのコメントも例によって「泳いでも'直ちに'健康に影響はない」「大丈夫とは言っていない」というのが本音なのでしょう。

海水浴場の海水から放射性物質が検出されてないという話を信じる方がどうかしていると思いますが、残念ながらほとんどの国民は「政府が発表したのだから」と思考停止してあっさり安全デマに洗脳されてしまうのでしょうね。

自分や家族子孫の健康を願うなら、現実逃避や思考停止はもういい加減にやめて、事実を基に現状を冷静に考えてみることが大切です。
そこからしか真の問題解決は生まれません。


いつものことながら、とても腹立たしくて悲しいです。


内部被曝したくない人は当分の間は東北地方・関東地方・東海地方で海水浴をしない方が良いでしょう。



下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-06-24 09:14

雨を汚したのは誰

「雨を汚したのは誰?」

昨夜も放射能で汚れた雨が降っていました。

311以降の雨は程度の差はあっても常に有害なレベルの放射性物質を含んでいると考えられますので、濡れないように注意する必要があります。

もし濡れてしまったら服は着替えて洗濯し、濡れた肌は必ず洗い流すことです。

乾いても放射性物質は消えないし、拭いただけでは全く不十分です。

雨に濡れた手を口に入れたり、雨に濡れた手を洗わずに食べ物をつかんで食べたりしないように注意しましょう。

雨に濡れた服や体に付着した放射性物質を家の中に持ち込むと、結果的に体内に取り込まれ内部被曝を起こす可能性が高くなります。


311以前の日本の雨でさえ年々悪化していた大気汚染の影響で決してきれいなものではありませんでしたが、今は相当な覚悟がないと「虹とスニーカーの頃」のようにびしょ濡れで雨の中を歩くことはできません。

「冷たい雨」「銀の雨」「みずいろの雨」「ドラマティック・レイン」「最後の雨」「ハードレイン」「ENDLESS RAIN」「優しい雨」………………………………さまざまな「雨の物語」の記憶が胸をよぎります。


本来は美しく清らかな、私たちの心身を禊ぐはずの雨をこんなに汚してしまったのは誰なのでしょう?


かつてフォークの女王と呼ばれた「歌う社会運動家」ジョーン・バエズの名唱で知られる「雨を汚したのは誰」という歌があります。



「What Have They Done To The Rain」


Just a little rain falling all around
The grass lifts its head to the heavenly sound
Just a little rain, just a little rain
What have they done to the rain

Just a little boy standing in the rain
The gentle rain that falls for yearsAnd the grass is gone, the boy disappears
And rain keeps falling like helpless tears
And what have they done to the rain

Just a little breeze out of the sky
The leaves nod their head as the breeze blows by
Just a little breeze with some smoke in its eye
What have they done to the rain

Just a little boy standing in the rain
The gentle rain that falls for years
And the grass is gone, the boy disappears
And rain keeps falling like helpless tears
And what have they done to the rain

What have they done to the rain


※原題「What have they done to the rain」は直訳すると「彼らは雨に何をしたのだろう?」になります。



「雨に何をしたの」

あたり一面に小雨が降っている

その美しい響きに草は頭をもたげる

ただの小雨
ただの小雨

彼らは雨に何をしたのだろう

小さな男の子が雨の中にたたずんでいる

優しい雨はいつまでも降り続いた

いつか草は枯れ
男の子は消えた

とめどない涙のように 雨は降り続く

彼らは雨に何をしたのだろう

そよ風が空から舞い降りてくる

風が通り過ぎると
木々の葉は顔を上げる

そよ風の瞳は煙っている

彼らは雨に何をしたのだろう


小さな男の子が雨の中にたたずんでいる

優しい雨はいつまでも降り続いた

いつか草は枯れ
男の子は消えた

とめどない涙のように 雨は降り続く

彼らは雨に何をしたのだろう

そよ風が空から舞い降りてくる

風が通り過ぎると
木々の葉は顔を上げる

そよ風の瞳は煙っている

彼らは雨に何をしたのだろう

彼らは雨に何をしたのだろう



Joan Baez

「What have they done to the rain」

http://www.youtube.com/watch?v=9EKzG9GlBrE&sns=em

http://www.youtube.com/watch?v=PhbjrPrBGe4&sns=em



下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-06-15 15:31

ビールで放射線防護

放射線医学総合研究所がビール成分に最大で34%の放射線防護効果があることを医学的に証明しています。

http://www.nirs.go.jp/information/press/2005/08_11.shtml


この話の重要なポイントは、発泡酒やノンアルコールビールでは無効であるということと、ビールの放射線防護効果はアルコール(エタノール)と麦芽の甘味成分の両方にまたがる総合的なものであるということです。

加えて、ビール酵母あるいは発酵によって生成される産物にも除染効果が存在していることは想像に難くありません。

市販されているほとんどのビールは「生」と表記されていても、メッシュの細かいフィルターで濾過しているためビール酵母は1個も存在しません。

したがって良質のモルトを使った澱(おり)や濁りのある酵母たっぷりの地ビールが放射能の体内除去に最も効果的だと考えられます。


放射能汚染時代を生き抜くために、命の水・ビールは私たち日本人にとって大いなる福音となることでしょう。



Beerthyself

汝ビールを飲め




下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-06-13 15:49
 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。
「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。
「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。

人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。
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by asiakatasumi11 | 2011-06-11 15:45

6月9日スペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹氏の受賞スピーチの原稿全文です。




「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。


(下)に続く
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by asiakatasumi11 | 2011-06-11 15:45

母乳から放射能検出

4/20に福島県庁で会見を行った市民団体「母乳調査・母子支援ネットワーク」の調査報告によると、3/24〜30にかけて茨城・千葉の母親の母乳に放射能汚染があることが初めて明らかになっていましたが、昨日厚労省研究班が発表した8県(宮城・山形・福島・茨城・群馬・栃木・千葉・高知)の女性108人の母乳に関する調査結果では、福島に住む7人から「微量」のセシウムが検出されたとのことです。

母乳には国の安全基準値がありませんが、今回検出された最高値が13.1ベクレルで牛乳・乳製品の基準値200ベクレル/kgに比べて低く、「母親や乳児の健康に影響はない」としています。

このレポートを発表した研究班の班長「欅田尚樹(くぬぎたなおき)」という名前をよく覚えておいて下さい。「国立保健医療科学院生活環境研究部長」とのことです。

この長ったらしい肩書きが一体何を意味するのかを今後の事態の推移を通して検証したいと思います。

厚労省が最初の母乳調査を行ったのは、「母乳調査・母子支援ネットワーク」の調査結果が公表された4/20の後、原発事故が始まってから6週間も過ぎた4/24〜28という反応の鈍さを露呈しています。市民団体の発表に驚き、慌てて調査を行ったのは間違いありません。

あるいは、半減期の短い放射性ヨウ素の検出量が少なくなるのを待っていた可能性も高いです。

本当に馬鹿なのか、本当に悪質なのか、どちらなのでしょうか?

いずれにしても厚労省は度し難く許し難い犯罪者集団であることは疑いの余地がありません。


「母乳調査・母子支援ネットワーク」の調査では最高で36.3ベクレルのヨウ素131が検出されていました。ところが厚労省の調査は原発事故が始まってから6週間も経ってから実施されたにも関わらず、福島・千葉・茨城の7人の母乳から2.2〜8.0ベクレルのヨウ素131が検出されています。

これは逆算すれば3/15頃は100ベクレルを超える数値だった可能性を意味します。

胎児・新生児・乳児は細胞分裂が盛んであるため大人に比べて放射線に対する感受性が3〜10倍高く、ガンの発症率も高くなることがわかっています。

細胞分裂が盛んな時期に放射線を浴びるとDNAに傷がつきます。細胞はDNAを修復するためにDNAの合成を中止します。DNAの合成を中止して修復して、中止してまた修復して、を繰り返す中で修復ミスが起きる可能性が高くなります。
DNAの修復ミスはガンの発生につながります。

細胞分裂が盛んな胎児や乳幼児ほど放射線被曝の影響はとても大きいため、たとえわずかな放射能であっても安全であるとは言えません。
世界一緩い日本の「基準値」が保証するのは「安全」ではなく「危険」であることを認識する必要があります。

チェルノブイリ原発事故後、小児甲状腺ガンの発症が10年後をピークに増大したことはよく知られていますが、小頭症やIQ低下、生涯ガンリスクの増大などが指摘されていることは意外に知られていません。

旧ソ連ではチェルノブイリ原発事故後10年を過ぎると甲状腺ガン以外のガンを含む全体のガン発生率は通常の10倍以上になり、それは25年経った現在も続いているそうです。

チェルノブイリ原発から70kmの距離にあるナロジチ地区における2008年の児童1000人あたりのガン罹病率は12.3人、つまり100人に1人以上の子供が何らかのガンにかかっていることになります。
これはかなり異常な数値です。

また、チェルノブイリ原発事故から2年経った1988年のナロジチ地区における子供の呼吸器疾患率は1000人あたり116人だったのが2008年には603.6人に増加しています。これは放射線被曝によって免疫力が低下したことが原因だと考えられています。

放射性セシウムは心臓に最も濃縮され、心臓のミトコンドリアの機能を破壊するため、子供だけでなく大人の心臓疾患が増えているそうです。

チェルノブイリ原発事故当時幼児や胎児だった人たちが現在生殖の時期に達していますが、不妊や流産が深刻な問題になっているそうです。


このようにチェルノブイリ原発事故から25年が経過して、放射線被曝による健康障害は減少するどころか全体としてはむしろ悪化していることが明らかになっています。

旧ソ連の被曝地域がたどった道のりは、これから日本がたどる道でもあることを考えると、暗澹たる気持ちにならざるをえません。


母乳の放射能汚染が再度表面化したことは、その結果起こると予想される「母乳は危険、粉ミルクは安全」というキャンペーンへの導水路であることは明白です。

母乳に含まれる微量な栄養成分はもとより、個々の母親に存在する生命の「氣」が入っていない粉ミルクは赤ちゃんの非常食にはなり得ても母乳にとって代わることは原理的に不可能です。

そもそも母乳は母体の血液が変化したものですが、体内の有害物質を濾過する浄化システムを通して造られるため、乳児には環境汚染が波及しにくくなっています。

その母乳に今回13.1ベクレル/kgもの放射性セシウムが計測されたということは、大気や水、食料などが想像以上に汚染されているという証拠です。

しかも例によってプルトニウムを始めとする他の核種の計測値については公表されていません。
(補償問題が恐ろしくて発表できないのでしょう)

この状態で母乳による授乳を放棄して人工乳を奨励するとするならば、母親が重大な放射能汚染地域から避難をせず、外出時にマスクもせず、放射能に汚染された水や食料の摂取をやめない状況を放置することを意味するだけでなく、母親と一緒にいる乳児や他の子供たちも同様の環境にさらされ続けることを肯定することになりますので全く賛成できません。

殺人政府の頭のおかしい連中が勝手に決めた母乳1kgあたり200ベクレルという「基準値」がいかに常軌を逸したものであるか、よく考えてみて下さい。

本来母乳には1ベクレルの放射能も含まれてはいないのです。

それがなぜ「非常時」だからといって200ベクレル/kgもの放射能汚染が許されるのでしょうか?

200ベクレル/kg以下であれば放射能に汚染された母乳を飲んでも乳児は健康に問題なく成長するという根拠をIAEA(国際原子力機関)やICRP(国際放射線防護委員会)などの、人命よりも原発推進を優先している非人道的機関ではない真っ当な研究機関が発表したデータで説明できるというのでしょうか?

母乳から放射能が検出された場合は検査値が正常値、つまり0ベクレルになるまで一時的に授乳を中断する措置は必要だと考えられますが、母親が放射性物質を体内に取り込まないよう最大限の努力をすることと、既に体内に吸収した放射性物質を浄化することが最も推進すべき対処だと考えられます。

また、父親を始めとする家族、地域共同体、行政は「避曝」する母親を全力でサポートするべきではないでしょうか。


ホメオパシーやバイオケミカル療法、フラワーエッセンス、クレイには放射性物質や有害な放射線から生体を防御し、体内に取り込んだ放射性物質を排除する生命本来の働きを活性化する作用がありますので、多くの被曝者に用いられることを願っています。



下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-06-08 09:32
「安全神話は学校でどう教えられたか」

http://www.youtube.com/watch?v=TMKGLsyj3DM&feature=share


福島第一原子力発電所は大量の放射能で日本はおろか地球全体を汚染する人類史上最悪の原発事故の様相を呈しています。

日々明らかになる「新事実」は、事故当初の政府や東電の発表とは大幅に異なる重大な放射能汚染が起こっていたことを明白に物語っています。

結果的に国民のほとんどが電力会社に買収されたマスメディアを通して学者・評論家・タレントたちが垂れ流す安全デマにすっかり騙されてしまったのは、普段からテレビや新聞などを舞台に日常的に繰り返されてきた「原子力発電は絶対安全」という悪質なマインドコントロールの成果だったと言えるでしょう。

この番組では学校教育の場で、電力会社に洗脳された教師を通して生徒たちが受けて来た、科学的医学的事実とは全く異なる原発推進に偏向した、歪んだ洗脳教育の一端が明らかにされています。



下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-06-07 20:48
ドイツのテレビ番組(放射能・原子力発電所と白血病の因果関係)

原子力発電所や放射線研究施設の付近で発症率が高まった白血病との因果関係を問うドキュメンタリー。

2022年までに原発全廃を決定したドイツ人の理性の一端が垣間見える秀作。


http://www.youtube.com/watch?v=K3VFzSLFpwg&feature=share

http://www.youtube.com/watch?v=yWcOrnLCRMc&feature=share

http://www.youtube.com/watch?v=ttUfQ-426R8&feature=related


原子力発電所が存在する全ての国の政府は原発からの放射能漏れや、それに起因する健康被害は認めたがらない。なぜならそれは原発推進を妨げるからだ。

原発を推進する政府にとって、人間の命や健康よりも莫大な利権を生み出す原子力産業の方が大切だからだ。

しかしドイツでは国民の原発に対する危機意識と脱原発への積極的行動が原発全廃の政府決定を勝ち取った。

明治憲法がドイツの欽定憲法をモデルにしたように、ドイツの脱原発への取り組みから学ぶべきことは多いと言えるだろう。


下山田吉成
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by asiakatasumi11 | 2011-06-07 14:59